2016/12/25

Amazon GOとレジ無し決済のコンセプト(とRFID)

Amazonが発表したレジ無し決済のコンビニ、Amazon Goが波紋を広げている。内容については既に報道されているとおりで、画像認識や各種センサー、そしてディープラーニングなどの技術を用いてレジ精算が不要なコンビニエンスストアだ。現在はAmazon本社内で社員のみを対象にテスト営業をしていて、2017年前半には一般に開放されることになっている。Amazonが提案するイメージは同社の動画を見てもらうのが手っ取り早い。

RFID業界の人間が見て気になるのは、RFID技術を用いて進められてきたこの種のレジ無し決済の店舗の評価、あるいはトライアルや実用化との関係だ。この記事では、このようなレジ無し決済の店舗の実現が進んでいない理由は何か、そこに進出しようとするAmazonの意図は何か、について語ってみたい。

まず、このようなレジ無し決済ができる店舗のコンセプトは「新しい」のだろうか。昔からRFIDに馴染みがある人間なら「コンセプトは新しくない」ことは知っているはずだ。これについては、IBMがRFID事業に関連して10年前に作成した動画(その筋の人には懐かしい)を見ていただこう。

いや、レジ無し決済店舗はコンセプトこそ古くから存在するが技術的(もしくはコスト的)に実現が困難だった、Amazon Goはそこに対するブレイクスルーだ、という意見もありうるだろう。だが、これも事実に反する。例えばアパレル分野では、商品個品へのUHFタグ付けを行い、出入口にゲート式のRFIDリーダーを(現在は盗難検知用に)設置している店舗が既に多数存在する。このような店舗ではアプリケーションさえ対応させれば容易にAmazon Goスタイルのレジ無し決済の実施が可能だ。

このような店舗でレジ無し決済が導入されていない理由は、単純に十分な投資対効果が得られなかったからだ。最初に目が向きがちな人員削減効果については、店舗の清掃、商品補充、トラブル対応などがあり、レジが無くなっても店員が不要になることはありえない。そうであれば、意味のある規模の導入メリットは、売上の向上、つまり、顧客がレジを通らずに商品を持ち出せるという気楽さを顧客に訴求し、それによる来客数の増加、客単価の上昇しかない。

現時点ではRFID業界は、というか小売業全般は、レジ無し決済による顧客体験の変化を売上の向上に結び付けられていない。レジを無くす方向性は違うが、アパレル分野で顧客にレジ無し決済を提供しようというコンセプトが破綻したJ.C.Pennyが代表的な失敗例だろう(RFID a GoGo!:J.C.Pennyの全店舗・全商品RFIDタグ付け)。同社が参考にしたAppleストアのセルフチェックアウトというコンセプトもあまり広まっていない(こちらは自分でバーコードを読み取るという手間が発生するが)。現在利用されているのは、レジ無し決済店舗というよりは高機能汎用自動販売機といった趣の無人サンドイッチスタンドが挙げられるだろう(RFID Journal:PantryLabs' Vending Machine Dispenses Fresh Foods Via RFID)。あるいはB2B向けの消耗品を販売する無人店舗など、限定的な事例に留まる。

Amazon Goは今までの小売店が失敗してきたレジ無し決済による売上向上を可能にするのか。あるいは可能かもしれない。同社はネット購買という全く新しい購買体験を作り出した実績がある。将来は、商品を自由にピックアップしてそのまま店の外に持ち出せば勝手に決済されるという仕組みを当たり前にできるのかもしれない。いったんそうなってしまえばレジに並ぶことが億劫で考えられなくなるような世の中になるだろう。

だが、Amazonが今この時点でAmazon Goを開始しようとする理由は、そのような長期的なビジョンだけなのだろうか。

興味深い指摘がある。Amazonが自動店舗の運営方式として申請した特許には、RFIDを用いた識別が含まれている(GeekWire: How 'Amazon Go' works: The technology behind the online retailer's groundbreaking new grocery store)。考えてみれば当たり前の話で、世の中には衣類のサイズ違い品など画像認識だけでは識別不可能な商品が多数存在する。

そういった点を表に出さず、画像認識とディープラーニングを前に押し出したコンセプトビデオを作製したのはなぜか。これは、顧客の行動の画像を大量に取得することに対する隠れ蓑ではないだろうか。同社の本当の目的は、人間が物を購入するときの身体の物理的な動き、表情や視線などを多量に収集し、オンラインも含むマーケティングに役立てることではないかと思う。そうであれば、すぐには事業として成立しなくとも、同社は粘り強く取り組みを続けるだろう。

最後に、Amazon GoはRFID業界の脅威になるのだろうか。これについてはRFID Journal誌のMark Roberti氏が的確なコメントを書いている(RFID Journal:Amazon Aims to Revolutionize Brick-and-Mortar Shopping)。RFIDには棚卸しの正確化・高速化や衣類のサイズ違い品の識別など画像認識では実現困難な機能を提供できる。レジ無し店舗の一部の機能が画像認識などでカバーされるとしても、そのコンセプトが普及することはRFIDにとってビジネスチャンスになると。正論だと思う。Amazon Goがどの方向に進んでいくのか、RFIDがどうやって食い込んでいくかという視点からもしっかり見極める必要があるだろう。

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2016/03/27

IoT機材での無線LAN省電力化の新たな試み

最近のInternet of Thingsの無線ハードウェア面での動きとして、現在利用されているWiFiを利用して劇的な省電力化を図ろうというものがある。

その中でも最も衝撃的だったニュースはワシントン大学の研究者チームが開発した技術「Passive WiFi」だろう。必要な消費電力を最大で従来の1万分の1程度まで減らすことが可能で、しかも現時点でIEEE 802.11bに準拠して通信が可能な試作品が完成している(Gigazine:Wi-Fiの消費電力を1万分の1まで減らす新技術「Passive Wi-Fi」でバッテリー長持ち・モノのインターネットが近づくかも)。魔法のようなこの技術の種はバックスキャッター。WiFiの信号波を供給する機材を別途設置し、Passive WiFiの機材は供給される信号を反射するタイミングとしないタイミングを制御することで通信を行う、というものだ。信号供給機材が必要とはいえ、例えば家庭内でワイヤレスセンサーからデータを取得する、というようなユースケースであれば十分以上に利用可能だろう。

また、BluetoothとWiFiを組み合わせ、Bluetoothをエキサイターに使って必要な時だけWiFiを起動させるための仕様、「Transport Discovery Service」がBluetooth SIGから提案された(RFID Journal:New Bluetooth Standards Could Be a Boost to the Internet of Things)。こちらは技術的にはさほど難しくはないはずで、独自実装であればすぐにでも実現できるだろうと思うが、Bluetooth SIGが標準化するというのが肝だ。ルータとして使われるスマホやタブレットなどはBluetoothとWiFiの両方に対応しているのが当たり前なので、標準化さえなされればすぐにでも利用が可能になるだろう。

このようなアプローチは必ずしもスマートなものではない。従来のIoT(あるいはアクティブRFID)の世界では、低消費電力でIP通信を可能にするために全体的・統合的なアプローチが模索されてきた。古くからある取り組みとしては6LoWPANがあり、IEEE802.15.4(ZigBeeと同じ物理層)向けの標準がRFC 4944として2007年に策定されており、Bluetooth 4.2でもIPv6 over Bluetooth LEがRFC 7688として2015年に策定された。WiFiからのアプローチとしても、900MHz帯を利用するIEEE 802.11ah 「Wi-Fi HaLow」がこのアプローチに属するものだろう。

だが、ITの世界ではバランスが良く整合性に優れた技術が普及するとは限らない。特に通信周りの部分はセキュリティが関係してくることを考えると多少無理な使い方であっても既存の技術を使いたい、というニーズも多いだろう。また、新規格に準拠した製品が登場した時点で、通信可能な圧倒的に多いという点も大きなメリットだ。WiFiを利用する省電力技術が普及するかどうか、目が離せない。

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2014/03/30

E-Thread:糸がそのままUHFパッシブRFIDタグになる

RFID Journal LIVE!の開催を控えた毎年3月から4月はRFID業界の新製品発表が重なる時期。ここ数年は直感的に「あ、面白い!」と感じるような製品があまり出ないなと感じていたのだが(ボトルネックを潰していく着実な進歩が重要ではないという意味ではないですよ)、今年は久しぶりにワクワクする製品がリストアップされていた。

その製品の名前はE-Thread(RFID Journal:E-Thread Provides Discrete Anti-Counterfeiting or Tracking Solutions)。どんな製品かは写真を見てもらうのが手っ取り早い。女性の左目の目頭の下で糸が黒くなっている。それがUHFパッシブのRFIDチップだ。

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この製品を提供しているのはPrimo1Dというフランスのスタートアップ企業。Platform for Advanced Smart Textile Applications (PASTA)というEUの研究プロジェクト(日本語の解説記事)の中でフランスの研究機関CEA-LetiがE-Threadを開発し、商用化のために立ち上げたスピンオフ企業がPrimo1Dということになる。商業生産開始は2015年第4四半期、現在パイロットを実施しているとのこと。

E-Threadの中核となるのはチップを糸の中に縒り込む技術。従来はチップと接続端子をハウジング上に配置し、それをボンディングワイヤで結んだものに外部導線を接続する構造になっていたが、E-Threadでは外部導線が直接チップに固定される。これによりハウジングが不要になり、チップ部の大きさが10分の1になったという。糸の種類はポリエステル、綿、羊毛と何でも対応できるらしい。また、RFIDに特化した技術という訳ではなく、LEDを同様に糸の中に縒り込んだものも紹介されている。

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それでは具体的な用途は、ということになるが、既存の製品を一気に置き換えるようなことにはならないだろう。商業生産開始後も通常のUHFパッシブタグよりも価格は高くなるとされているし、販売時の取り外しという、おそらく消費者向けの用途では当面必要とされる処理にも対応できない。

一方で、ホテル用のリネンなどでは上記の2点は問題にならないため、E-Threadの持つ優位性が強く発揮できるだろう。リネンを利用期間全般にわたってRFIDで管理するための競合技術はラベルになるが、E-Threadを使うことで以下のような優位性が得られる。

  • デザイン上本来はラベルが不要なケースでは、管理のためにRFIDラベルを縫い付けるより、E-Threadを縫い込むほうがコストが安くなる。
  • ラベルは利用の過程で引っかかって千切れてしまう可能性があるが、E-Threadはその可能性は低い。
  • 偽造・すり替えの可能性がある場合には、ラベルにRFIDタグが入っていることが分かっているより、リネン全体のどこにタグが入っているか分からないほうが有利である。

ただ、個人的には、この技術には現時点ですぐに思いつかないような使い方が多く隠れているように思うのだ。そして、アパレル用途でのRFID利用のマーケットはすでに成熟している。案外、あっと驚くようなE-Threadの用途が近いうちに多数出てくるかもしれない。楽しみだな。

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